学園の母

学園の母

初代校長 柴田やす先生

初代校長 柴田やす先生 大正12年、柴田学園を創立以来、その経営する中学校、高等学校、専門学校、栄養学校の全校長に加え東北女子短期大学の初代学長として、文字どおり女子教育ひとすじに一生を捧げた。
 昭和25年5月、終生の念願であった東北女子短期大学開学式の栄えある壇上で急逝、教育家として最も美しく最も劇的に苦闘70年の生涯を閉じた。

大学を 建てししるしに 乙女どち
はげみ学びて つくせ世のため

 

 

三代校長  今村 敏先生

三代校長 今村 敏先生 学園創立者、柴田やす先生の次女。その精神を継承し、学園諸校の発展につとめるとともに、昭和44年には東北女子大学を開設した。
 教育功労者として昭和42年藍綬褒章、49年には勲三等瑞宝章に輝いた。前者は創立者と母子二代の受賞、後者は本県女性として到達した最高の栄誉であった。
昭和51年12月正五位に叙せられる。

この道のほかに道なし この道を
祈りつつ行く 行じつつ行く

 

 

柴田学園 理事長 柴田誠造

柴田学園 理事長 柴田誠造 柴田女子高等学校は学祖柴田やす先生が、私立女子裁縫実践学会という一私塾から出発し、大正12年に「弘前和洋裁縫学校」として発足した女子教育の場を前身に、昭和23年4月に開設しました。
 学園は、先生が確立した建学の精神「教育即生活」を校是とし、高い教養と正しい躾を身につけた明朗で品性のある女性の育成をめざしています。
 その精神は、今村敏先生、今村城太郎先生へと引き継がれ、今では東北女子大学、東北女子短期大学をはじめとし、柴田幼稚園、東北栄養専門学校・東北コンピュータ・東北経理の三専門学校と、7つの学校を擁する総合学園に発展しました。
 そして、文部省(現、文部科学省)「産業教育指定校」(2回)、家庭クラブ・放送部の全国制覇(各2回)、スキー部の全国制覇(1回)と県大会9連覇など輝かしい活躍を残しています。
 片岡校長の時代となり、全国高校家庭科技術検定において、被服製作和服と同洋服、食物調理の三種で一級を取得する、いわゆる「三冠王」を達成した生徒が、昨年度は26名で今もなお県内並びに東北のトップにあります。
 また、文芸の面では昨年度もりんり俳句大賞の文部科学大臣賞、平成23年度全国高等学校総合体育大会「スローガン」最優秀賞、増田手古奈記念大鰐温泉俳句大会「手古奈賞」などに多数が入賞しています。美術では国土社美術展覧会特選「国土社賞」を受賞。
バスケットボール部は今年度の県高校総体で2年連続8度目の優勝をし、東北大会・全国大会へと駒を進めています。冬のスキー部も大回転で青森県選手権と国体予選で優勝するなど、文武両道にわたる活躍をしています。

 

建学の精神

教育即生活

 

校訓

校訓

 

校歌

1.
みそらに高き岩木山
ふもとに広き津軽野辺
高きを永久の操にて
広きを常の心とす

2.
春はかすみの衣裁ち
秋はもみじの錦縫う
截ち縫うわざを白糸の
ちりにけがれずひとすぢに

3.
むつびかはしておとめどち
ほたるの光雪のいろ
あつめず学ぶおほみよに
うまれあひしをかしこみて

4.
世はさまざまに変われども
変わらぬものは人の道
あらぬ小道にさまよはで
進み進まん日に月に

校章

校章 大正12年、柴田女子高等学校の母体、弘前和洋裁縫女学校創立に際し、柴田やす校長によって制定された。これは、梅の花をかたどったもので、いまもなお本校の校章として生徒諸君の胸に輝いている。
 先生は日ごろから梅の花を愛し、梅の花が厳しい風雪に耐えて美しく香り高く咲くことは女性のシンボルでもある、とつねに生徒たちに語ったという。
 柴田女子高等学校のものは、花の輪郭の内に、七宝で紅地に「高」を表している。そして、誰いうことなく、現在は「寒梅」と呼ぶようになった。

 

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